第42回

 『秋の始まり』


 誰も幸せになれないとあなたは言った。酒を飲み呂律の回らない私の頭に、どこまでも何も、救いにはならないんだと呟いた。その小声が愛しく憎らしい。

 一人称を変えてみた。

 私は僕になり、僕は俺になり、俺はあたしになり、そして性別は消え男女平等の理想郷が、あるわけもなく、醜さと醜さをぶつける猿の巣が、汚れを積み上げてゆく。逃げたい。

 僕の縄は首を吊るには適さない。僕の縄は汚物にまみれた猿を捕まえることにしか役に立たない。けれど僕はナイフを持たない。

 灰色と空。猿と空。死体のないことと空。雲の変わりに嘲笑が浮かぶ空。

 愛しいという感情を箱にしまってしまった。その鍵は下水道に流れて海となった。海は空を蒼く澄み渡らせ、誰でもない自分を水色にする。愛しさの代わりに、この手には食べるべき汚物がある。