第42回

 『秋の始まり』


 誰も幸せになれないとあなたは言った。酒を飲み呂律の回らない私の頭に、どこまでも何も、救いにはならないんだと呟いた。その小声が愛しく憎らしい。

 一人称を変えてみた。

 私は僕になり、僕は俺になり、俺はあたしになり、そして性別は消え男女平等の理想郷が、あるわけもなく、醜さと醜さをぶつける猿の巣が、汚れを積み上げてゆく。逃げたい。

 僕の縄は首を吊るには適さない。僕の縄は汚物にまみれた猿を捕まえることにしか役に立たない。けれど僕はナイフを持たない。

 灰色と空。猿と空。死体のないことと空。雲の変わりに嘲笑が浮かぶ空。

 愛しいという感情を箱にしまってしまった。その鍵は下水道に流れて海となった。海は空を蒼く澄み渡らせ、誰でもない自分を水色にする。愛しさの代わりに、この手には食べるべき汚物がある。

第41回

 『漁る盲人』


 お前はこの世界を何も知らないから、
 お前は世界に語りかけなければならない。


 愛や、公平や、享楽という言葉の皮を被らせたまま、
 単なる欲望を叩きつける猿の一人として。
 お前は人間にはなれない。
 人間という名義は猿を猿から区別するための自称である。


 欲望はゴムのような働きをもって、
 相手をノックアウトした後にこちらへと跳ねかえる。
 往来に出れば、
 顔面を陥没させ前歯を垂らす猿どもが見えるはずだ。
 蚯蚓の大群が。


 お前はこの世界を何も知らないから、
 お前は世界に語りかけなければならない。


 どれほど生きることに幻滅しても、
 死ぬことは救いになどなりはしない。
 キリストも釈迦もマホメッドも、隣の家の老婆でさえ、
 魂の永遠を説いて安心させる。


 ここが蚯蚓となった猿どもの住まう世界ならば、
 お前もまた腐っていかねば一員として認められない。
 醜悪になることが心の安定を招く。
 そして頭の中に残った美しさを忌み嫌う。


 どれほどお前が成り下がっても、
 生きることは救いになどなりはしない。
 世界は早く気づくよう待ちわびている。
 猿は蚯蚓であり、そして鴉であると。

第40回

 SRC学園シナリオコンペへの感想をちょっと古風に書いてみる。

【木藤】氏
 一話完結のもので集団戦闘をやっているのが特徴。キャラの増やし方もなるべくテンポ良く登場させるよう工夫してある。ただし戦闘自体は作業であって特別面白くはない。
 話はごくごくオーソドックスで、氏の昔の作品に比べておとなしい。自作シナリオの番外編として位置付けられているように思えたので、おそらくそれをプレイしている者にとっては違う印象を与えるだろう。
 無難に作られているが、真太郎の扱いはややおざなりで弱い。特に後半に何かしらのフォローがないことが由美への印象を悪くしてしまっている。


【浦瀬ヒガタ】氏
 画像の演出が工夫してある。特にカレンダーはよく用意したなと感心した。こういう配慮をする人はあまりいないので、忘れないで欲しい。
 戦闘は一戦目は面白いが、二戦目は時間の浪費。精神コマンドで何とかするしかない戦闘はあまり感心できない。
 話は書きたいことがまとまっているので、書き方は拙いけれど楽しめた。文章の使い方にはところどころノベルゲームの影響が見られる。

【マガツ】氏
 味方側と敵側をそれぞれ提示しようという意図はプロローグから感じられたが、それがエピローグでは味方側の描写だけになっていて失敗している。かといってプロローグもとってつけられたような印象。
 戦闘は消耗戦で難しくもなく、作業。
 時間がないままに書いたことが読めてしまう。完成度は全体的に低い。

【マイヤー】氏
 心理学を題材にしているが、展開はどこかで見たようなありきたりなものに過ぎないため新鮮さがない。話の先が読めてしまうものの体裁は整えられているところに、作者の努力は感じられる。
 台詞回しについては説明的過ぎる。もっと簡潔に言える工夫が必要。

【プラチナ木魚】氏
 二転三転するように話を作っているので、これもありふれた話なのだが上手に構成している。キャラも敵についてはギャグが暴走していて辟易する部分もあるが良く書けている。
 マップによる演出や一癖つけた戦闘には小慣れた印象を受け、一話で話をまとめる方法を良く心得ているように感じられた。


 シナリオとして良く出来ているのはプラチナ木魚氏、面白いのは浦瀬ヒガタ氏か。とはいえ五作とも傾向が違うので、各々の差を考えながらプレイすると、より色々なものをここから吸収できる。企画としては成功しているのではないか。
 一点だけバグになるが、マガツ氏のシナリオをクリアした際にセーブファイルにバグが生じる。点検を怠らないで欲しい。


 ああ、あとTextの「織天セラフさん」は直した方がいいと思うよ。誤字だけど。心当たりのある人は。

第39回

 ピアノの曲ばかり聴いていると、ピアノと文字が似ていることに気がついた。どちらも一つ一つの記号が微妙な差により細かく分類され、さらに記号の集合が大きな意味を作り出していく。
 微妙な差は他の楽器でも芸術でも大切だが、その表現は少ない記号に託され、使い手の自由裁量によるものが大きい。文字とピアノを扱う者は感情を持ち込む前段階である巨大な理屈がまとわりつく。

第38回

 昔買ったゲームを崩して幸せになろう。主に自己満足的に。冷笑を埋葬するのだ。
 というわけでヴァルキリープロファイル2をクリア。とあるアバタールチューナーが好きな人(どっちかといえば2。これも2)には地味にオススメできるかもしれない作品。好きでない人には超展開な終盤。
 前作と違って空気なエインフェリアで、ヤツらの設定を読んでいた方が本編より話が濃そうという不思議。一言で言うならレザード七変化。ヤツの魅力がたっぷり楽しめるという、眼鏡なフラレストーカーのファンにはたまらないかもしれない一品。
 戦闘で頭を絞るのが楽しいので、物語は気にせんでもいいのかもしれず。ああでもスキルシステムは面倒だった。あの手の習得は中盤にだれるね。やるならスキルに必要なアクセサリーを自動で選別できるようなインターフェイスが欲しい。スキルを追加するには宝箱を開けるとかでも良かったから。
 十週してもいいように作られているので、戦闘はシステムを理解してからは面白いです。でもラストバトルはたるい。もうちょっと頭を使えるラストバトルだと良かったのに。この辺もレザード七変化の七変化たる所以。
 あと通常版を買ったのだけど、初回版だと前作のCMソングがついてくるらしい。それは欲しい。 

第37回

ライトノベルで捨てられずにとっておいた小説に、『イヴゼロ』という作品があります。
もう5年くらい前だけど、読んでいて話がまともだと感じたのがと残した理由だったと思うのですが、書いた山田桜丸氏、いまは桜庭一樹という名前でけっこう本を出しているらしい。
自分に先見の眼があるとはこれっぱかしも思わないけど、昔目にとまった人が元気に活躍しているのを知れたというのは、素直に嬉しいな。



で、Wikiで検索すると、あの『EVE the lost one』のシナリオライターだったとわかる。いやまぁ同シリーズのノベライズやっているんだからありうる話だけど。人間って成長するものなんだね。

第36回

スティール・ボール・ランを久しぶりに集めていたのですが、荒木飛呂彦はついに物語を書けなくなったみたいだ。相変わらず点で読めば一つ一つのエピソードはけれん味があって面白いんだけど、大統領が登場してから一つも話は広がってないんだよな。それどころかキャラをこじつけ話をこじつけ、下へ下へ潜っていく作り方。
ストーンオーシャンではディオの赤ん坊とか、ディオの息子とか、ストーリーを膨らませるためのテコ入れを延々と作者がし続けて、結果的に話をいい形でまとまったと思っていたのですが。
11巻も続けて味方が3人ってのは作者の怠慢だよ。馬走らせる事が大変で作画しか気にしてないのか。